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ある日のことなんだけどさ。
いつものように二人一組で、とある家へと
向かったわけ。

仕事の内容は玄関引き戸の戸車の具合が悪い
との事でのメンテナンス。
その家は5〜6年前に新築した家らしいんだけど
玄関が重いとそれくらいの年数で
戸車の調子が悪くなるのは珍しいことじゃあ
ないんだ。

で、ついでに室内にある引き戸の戸車も
見てほしいってことで様子を見たのね。

ひとつはメーカー品で高さが2メートルぐらいある
きれいな内部建具の引き戸だったんだけど、
もうひとつはあきらかにメーカー品とは思えない
高さが1メートル80ぐらいの低い内部建具の
引き戸だった。
全純木製。完全に手作りだ。

「申し訳ございませんが、
こちらの引き戸はメーカー品ではないので、
メンテナンスは建具屋さんにご依頼ください」
と、お客さんに申し上げたわけ。

でも、お客さんは「ん?」って顔を一瞬した後、
こう言ったんだ。
「これは40年前にそちらの会社に
作っていただいたものなんですけど…」

「ええっ…!?」
思わず声を上げてしまった。
そうなんだ。ウチの会社は今でこそサッシ屋さん
なんだけど、そもそも建具屋さんとして
スタートした会社だったという話は聞いていた。
つまり、まだ建具屋さんだった頃に作って
5〜6年前までここに建っていた家に納めていた
引き戸だったんだね。

家主さんが言葉を続けた。
「この引き戸はとても気に入っていて
どうしても捨てられなくてねぇ。
これだけじゃなくって、他の部屋にも
使っているものがあるんですよ」

そんな説明を聞きながら、オレは圧倒されていた。
40年前に作られた物とは思えないくらいに
キレイに手入れをされていて、
大切にされていたというのがよくわかる。
しかもしっかりしてる。
全然ガタがきてない。確かに戸車は消耗品だけに
調子良くはないんだけど、
まったくの現役品という感じだった。

たまらずその引き戸を手でさすりながら、
「ああ、これはもしかしたらあのベテランが
作ったものかもしれないなぁ…」と考えていた。

同じ部署に60才を越える超ベテランがいる。
若造の頃に建具作りの職人になるべく入社して
以来、50年近くも働いている。
もう建具を作らなくなり、サッシ屋になった
この会社で。

そして、なによりも胸が震えたのは、
その引き戸は
玄関を入って右手にあるリビングへの入口に
備え付けられているって事だ。
つまりはその家の「メイン」といってもいい
場所に、
「その引き戸ありき」という事でその家は
デザインされて新築したわけなんだ。

この凄みがわかってもらえるだろうか?
40年も前に作った引き戸が、
40年後の、この家の設計を特注させたって
事なんだよね。

オレはね、本物を感じたよ。
そのベテランは本物を作った本物の職人だと
思ったよ。

その日の夕方。
会社に戻って、そのベテランにそういう引き戸を
見てきましたって興奮ぎみに話したんだ。
そしたらそのベテランはニヤリとしながら、
「よかったねぇ」とだけ言いやがった。
くそ!まったくこのじじい、しびれさせやがる。

そして翌日のことだ。
いっしょに行った相方の机の上に
古めかしい新品の戸車があった。
「探してみます」と戸車交換を承ったはいいが、
はたして同様の物があるのかどうかと
危惧していたその戸車だ。

「え?あったんすか?この戸車」と尋ねると
ベテランが持ってきてくれた、とのこと。

驚いているオレの傍をベテランは通りすぎつつ
またニヤリとしながら、
「そんなに大切にしてるんなら、持ってくるしか
あんめぇよ」と、言った。

ベテランは建具職人ではなくなってしまったが
未だに古い建具用の戸車を持っていて、
自分が作った引き戸を今でも大切にしてくれている
お客さんの為にそれを提供したってわけさ。
うれしかったのかもしれない。
職人としてのプライドなのかもしれない。
帰宅後きっとくすぐられるような思いで、古い荷物を
ひっくり返しながら探し出したのだろう。

戸車に貼られていた「10円」という値札に
オレはとてつもない重量感を感じていたよ。


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