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原付バイクに乗り始めたのは、1991年だったかなぁ。
以来、そのバイクはオレを運び続けてくれたわけ。
YAMAHAのJOG。色は黒。
自動車免許は持っていたけど、原付バイクの気楽さが
好きでさ。
どこへ行くにもバイクを使っていたよ。
その頃は草野球をしていたからグランドへ行くのも
バイクで行く機会が多かった。

江戸川区、という東京の東の端っこ、
それも千葉県との県境である江戸川の近くに
住んでいたんだけど、
そこから品川区にある報知新聞社の本社まで
「ソケット君、行け!」の原稿を持っていった事も
ちょいちょいあったなぁ。
ある夏、車の排気ガスと熱風に包まれながら
報知新聞社に向かって走ってる途中にね、
ある場所が異様に涼しくて驚いたことがあってさ。
「なんだ、ここは?ここだけエアコン使ってるのか?」
とか、思うくらいそこだけすーっと涼やかなのさ。
あとで調べたら浜離宮恩賜庭園前の道だった。
アスファルトとコンクリが無い場所は
あんなにも涼しいものか、とか思ったっけ。

中山競馬場へ行く時もバイクだった。
バスやら電車で行くよりも早く行けたんだ。
どの道を使えば最短ルートなんだー、とか探したり
してね。
ドアトゥドアで競馬場入口まで行けたから
楽だったなぁ。

盗まれかけたこともあったっけ。
カギを差し込むところが、なんかぐちゃぐちゃにされてて
チェーンロックをしていたからなのか、
それともバイク自体のロックを解除するまでに
いたらなかったからなのか、
盗まれはしなかったんだけどね。

那須塩原へ引っ越す時は、「バイクで行こう」とか
思ってたんだけど、
引っ越しの準備に手間取っちゃって、
引っ越し当日は完全に徹夜しちゃってたから
「これはさすがに危ない」とか思って断念したんだ。
引越し屋さんに「ガソリンが入ってるバイクで
申し訳ない」って、謝りまくってトラックに
積んでもらったんだ。

那須塩原に来てからもバイクであちこち行ったよ。
これが不思議な気分でさ。
自分が那須塩原で暮らし始めた、ってこと以上に
このバイクが那須塩原を走っているってことが
しばらくは不思議でねぇ。
南ヶ丘牧場まで行ったなぁ。
原付バイクにしてはけっこうな山登りでさ。
標高でいえば高尾山の山頂よりも高い場所にある
牧場だからさ。
「おおー、江戸川区のゼロメートル地帯を
うろちょろしていたオレのバイクが
高尾山よりも高い場所までやってまいりました!」
とかって、ちょっとした興奮があったねぇ。

5月頃に木々に囲まれた道をバイクで駆け抜けるのは、
気を失ってしまいそうなくらいに爽快だった。

いったい、どれくらい走ったんだろう?
走行距離のメーターは何回転したんだっけかなぁ。

ただ、那須塩原はさ、雪が降るんだ。冬になればさ。
さすがに雪が降り積もる中、バイクでの通勤は
できないなぁ、ってことで自動車を買ったわけ。

バイクに乗る機会はめっきり減ったよ。
時々は乗っていたんだけど、
ここ3〜4年は、とうとう全く乗らなくなっちゃった。
もう、おそらくエンジンはかからないだろう。

わかってた。
あのバイクに乗ることはもう無いだろうってわかってた。
ただ躊躇してた。ずっと、躊躇してたんだ。

なんだかひどく悪いことをしたような気持ちになっていた。
乗らなくなったことも。躊躇していることにも。
でも、躊躇すればするほど、この罪悪感は
もっと膨らんでいきそうな気がしてきてさ。

8月某日。
ひさしぶりにバイクシートをめくり上げたんだ。
ナンバープレートを、取り外すために。


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