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「声にして話す」という事には
強い浄化力があるようだ。

ある映画をテレビで観たんですよ。
で、その映画の内容になんだか
釈然としないところが山ほどあってねぇ。
「なんなんだろうなぁ」って。
「なんでこう作ったんだろうなぁ」とかって
もんもんとしていたわけさ。

翌日仕事だったんで、勤務先で
その事を話そうとしたら
「観てない」と言われ終わってしまった。
一日経っても二日経っても
なんだかもやもやが晴れない。

友人とメールを交わす機会があったんで
ちょろりとその事を打ち送ってみたら
わざわざ電話をかけてきてくれた。
友人はその映画を公開時に観ているというので
もう「ありがたし!」とばかりに
思っていたことを撒き散らかしたのですよ。

しっかりと話を聞いてくれまして。
釈然としなかった事に対しての答えは
出なかったんだけど、
その友人は本当にしっかりと
話を聞いてくれまして。
電話をし終えたあと、
なにやらすっかり気持ちが晴れている自分に
気付いたわけですよ。

それでね、オレは思った。
答えうんぬんじゃなかったんだなぁ、と。
思っていることを声にする、
それを聞いてくれる人がいる、
ということの浄化力ってのは
すごいんだなぁ、と。

ま、内容が映画の感想という
たわいもないものだったから
かもしれないけれども、
でも、あの「あれ?」ってくらいに
さぱぁーっと、
「気持ちが晴れた」感じには驚いたなぁ。

こうして文字にすることでも
それなりの浄化作用ってあるのかもしれないけど
「思いを声にして話す」ってのは
その何倍もの力があるんですよ、きっと。

「ある意味、健康法なのかもしれないな」
と思ったとき、
女子会だったり、酔ったおっさん達が
ついついこぼす愚痴だとかのの有意義性を
ふと感じたりね、しちゃったんだよねぇ。


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