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まずはこの写真をご覧いただこう。


これは先月行われたフリーマーケットにて
知人が出品していたモノなんだけどね。
「お?なんだろう?」と思い、手に取って
みたわけですよ。
表紙はなにかしらの植物の繊維でもって
装丁された厚めの作りになっていて、
ハードカバーの本を思わせるものなのです。

で、中を開いてみて
なんだかよくわからないけど
「おおっ」と、小さな声で唸ってしまいまして。
もー、ホントになんだかよくわからないんだけど
見入ってしまってねぇ。


中はこのように、白い和紙で作られていてね。
つまりは、手作りのノート、のようなもので。
どう使うかはご自由に、というわけですよ。
これを出品していた知人は
「東京に住んでいた時に手に入れたモノ」
ぐらいのおぼろげな記憶しかなかったようで
これをどういういきさつで入手したのかは
よくわからないようだった。

で、オレはこれを眺めながら考えていたわけ。
「なにをかく?どうつかう?」と。
でもね、何かしらを書き込むことに
なぜか「おそれ多い」と思ってしまって。
手作りの一品もの、だったせいなのかな。
いやぁ〜、オレには使えないな、とまで
考えていたんだ。

でも、さらに考えてみたんだ。
「使おうとするから腰が引けるんじゃないか?」と。
「これはノートのようだけど、使わない」
と決め込んで、あらためてページをめくって
眺め続けていた。
するとさ、「やっぱりこれはいいなぁ」って
感じが強くなってきてさ。
素直に「買う」って気持ちになったってわけさ。

時々、何も書かれていないページをめくる。
同じ和紙なんだけど、
全部のページの、和紙の様子が違う。
軽く凹凸があって、その有り様が均一ではないんだ。
しわが走っているページもあるし、
ページの上部が少しやぶれていているページもある。
何も書いていない、真っ白なノートなんだけどさ、
いいんだよねぇ。実にいいんだ。

もしもあの時、「ノートは使うものだから」という
前提に縛られていたら、
この「いいもの」は、今オレの手元には無く、
これを眺めるたびに感じる「ほふっ」とした感覚は
縁の無いものになっていただろう。

はたしてオレは、無駄な買い物をしたことに
なるのだろうか?


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