2017・12・24
2017・12・03
2017・10・29
2017・09・24
2017・08・27
2017・07・23
2017・06・11
2017・04・23
2017・03・19
2017・02・19
2017・01・08
.......................
2011年
2012年
2013年
2014年
2015年
2016年
2018年
2019年
2020年
2021年
2022年
2023年
2024年
|
小学生の時に林間学校で日光へ行ったんだ。
実はあの時に何を見て何を思い、何を感じていたのか
よく憶えていないんだよなぁ。
ただ「何を写真に撮るか」ってことには
気を使っていたような気がする。
家にあったポケットカメラを持ってったんだ。
ポケットカメラって、
シャッターをきると「ぺちっ」とか、
安っぽいへっぽこな音がしたね。
そのポケットカメラのフィルムってのは
変な形をした専用フィルムでさ。
確か12枚撮りフィルムを入れてったんだと思う。
12枚だよ。
オレに許された記念写真はたったの12枚。
だから「何を写真に撮るか」は、その時のオレに
とっては重要な課題であったのだろうと思う。
オレは「東照宮」で4枚ほどの写真を撮った
ような気がする。
「みざる、いわざる、きかざる」と
「眠り猫」と
陽明門を2枚、撮ったんじゃなかったかな。
2017年9月7日。
その「東照宮」へ。
40年ぶりにオレは日光へやってきた。
もしかしたらその時の埋もれていた記憶が
甦ったりするかも…とか期待していたけど
全然甦らなかったね。
「ええ?『みざる、いわざる、きかざる』って
馬屋にある彫り物だったの?馬屋だったのかよ」
とか、初めて来たかのように新鮮だった。
そりゃあそうだよ。
なぁ〜んも知識も興味も持っていない
小学生が行ったって、引っかからないよなぁ。
年を重ねるうちにいくらかの知識と興味を持って
自分から足を運ぶのとじゃ、比べようが無いって
話だよ。
陽明門まで進むと、団体さんに向けて説明する
ガイドさんの声が聞こえてきた。
「柱を一本だけ逆さまにして作っております。
こうすることであえて未完成としているわけで
ございます。完成してしまったものは、あとは
壊れるだけ、という考え方から
陽明門は永遠に壊れない、という意味があるわけです」
この論法の凄み。
はたして小学生が聞いてピンとくるだろうか?
大人が聞くと思わずうなずいてしまうほどに
しみじみとする話なんだけどねぇ。
林間学校で、他にどこで写真を撮ったのか
記憶が曖昧だ。宿舎で、撮ったような気もする。
ただ、ある一か所。
ある一か所で撮ったことだけはハッキリ憶えている。
確かにあそこでも、2〜3枚撮ったような気がする。
それが、華厳の滝だ。
できあがった写真を見て、「もっと迫力があったんだ
けどなぁ…」と、ガッカリした記憶は残っている。
その華厳の滝へ行ってみることにした。
エレベーターが展望デッキのある地下へと降りる。
白く塗られた通路。滝を見終えた小学生たちと
すれ違う。
あの頃、彼らと同い年だったオレも間違いなく
ここを歩いていた。
滝の音が、どんどんと大きくなってきた。
40年ぶりに再会した華厳の滝。
オレは言葉を発することなくカメラの
シャッターを切った。
その時の写真がこちらである。
ご覧いただこう。
濃霧で何にも見えねぇ!
真っ白じゃねーかよう…。
「霧、ヤバい」とか言いながらはしゃいでいる
小学生たち。
「まったくだ」と同意しながら苦笑いするしか
なかった。
彼らは見えぬ上を見ずに、かろうじて見える
下ばかりを見下ろしていた。
残念ながら、小学生のオレはそこにいなかった。
おそらく華厳の滝の迫力に、圧倒されていたであろう
あの頃の自分と、思いを共にすることはできなかった。
小学生の団体が先に上がりエレベーターへ
乗り込んでいった。
彼らは何を思い、ここを後にしていったのかなぁ。
もしも、「くやしいから大人になったらまた来よう」と
思ってくれていた子がいたのなら、
オレはうれしいな。
だって、オレも「また来よう」と考えていたからさ。
想い出は色あせないというけれど、
色あせてしまう記憶もあるね。
でもさ、大丈夫だ。想い出はまた新しく
重ねることができる。
それがたとえ40年後、だとしてもだ。
▲ PAGE TOP ▲
|